精神(こころ)にとって常に平安でいられる最良の方法があるのです。その方法が、瞑感法による自問自答です。
この方法は、誰でも・どこでも・いつでもでき、安全で確実にこの状態を獲得できます。
精神(こころ)のバランスを保つために、心の在り方を考えていくことが、これからの私たちには必要なことでしょう。現代心理学においても、自分の状況や環境は自分の精神(こころ)の投影が作り出しているといっています。身に降りかかる現実は、自分で作り上げていることを考慮すれば、いま私たちがしなければならないことは、自分自身の精神(こころ)を省みて改善することに尽きます。
迷いや苦しみの原因は自分自身の精神(こころ)にあると自覚して、自ら改善に励むことが人間に課せられた自己責任です。
一般には「ああでもない、こうでもない」と思い巡らすことを自問自答と言いますが、ここでいう自問自答とは普段皆さんが行っているような、深く内観しながら考えて判断することとは違い、自分だと思っている肉体と心(自我心)から発する観念を、すべて大いなる自己に委ね問答することを言います。
ここで行う自問自答とは、大いなる自己と対話する自問自答のことです。
一口に自問自答というと、「自分で問いかけ、自分で答える」ことですが、私たちが普段活用している肉体(頭)と心(自我心)の思考の範囲は、とても狭く、この中で考えている限り、壮大な智慧は得られません。
そこで、大宇宙大自然のすべてを知り、智慧の宝庫ともいえる「大いなる自己」と対話し、回答を得る方法があるのです。
その方法が、「大いなる自己と対話する自問自答法」なのです。
これは、瞑感法による自問自答によって得ることができます。
混迷・困惑の世の中にあって、自分を見失わないようにと瞑想をする人が増えてきました。今までは瞑想というと、宗教家か何か特別な思想を持っている人がするものと思われていました。現在はまだ人々の生活を脅かす新興宗教の問題が多く、解決されていない状況下ゆえに、瞑想と聞くと悪質な行為と勘違いされる人もいます。己の我欲を満たすため瞑想をすれば、我欲に支配された幻想の中で「我は神なり」と錯覚してしまいます。
しかし本来の瞑想は、我心に支配されている自分に気づき、それを改めるために「自分は今、何を学ばなければならないか」を問うものです。誰でも精神(こころ)の中核には、大いなる自己という高次の自己を有しています。我心に支配されている自分ではなく、大いなる自己に問いかける行為こそが、正しい瞑想のやりかたです。なぜなら大いなる自己こそ、大宇宙大自然の真理そのものだからです。
問いかける行為と共に意識を高めていくと、大いなる自己と一体になってきます。そのような状態になったときには、他人を支配したり、人々を脅かす行為を強制したりすることがいかに誤った行為なのかを、自ら悟っていきます。
大いなる自己と対話する―この方法を、当会では《大いなる自己と対話する自問自答》といっています。自問自答を行う上で通常の瞑想を行うと、目をつぶってリラックスしていくことでエネルギーが頭や心へと集中してきます。このために頭や心に滞っていたものが活発化してきて、雑念や幻想に支配されます。これでは真理の尊い教えは得られません。そこで問いを発するエネルギーを意識と共に大宇宙に高く・広く伸ばし、全身で感じていく方法で自問自答を行います。
これが《瞑感法による自問自答》です。全身の全細胞を高く・広く宇宙大に伸ばして感じるままにしていくことで、頭や心に囚われていたものが自然に消えていきます。この状態から何かを感じてくると全身が洗われるのを実感するでしょう。大いなる自己と一体になるとはどういうことかを自ら体験することが大切です。
考える力、豊かな心はここから生み出されていきます。他人を思いやらない自己中心的な行為から誤った社会を作り出さないためにも、ひとりひとりが大いなる自己と一体になる必要があります。
真理には差別・区別といった相対的な教えはありません。迷いのない絶対性なのです。ゆえに苦しみから解放されていきます。
今、生きているうちに真理を体現することが、すべての人に課せられた使命であることを知ってください。自らが自らの力で救われる道はこれしかありません。